「排水溝が詰まってね、大変なことになっているんだ」
「最悪ね」
 ヴェルヌイユは窓の外に視線をやった。ブルーノは先ほどまで手にしていた斧をその場に残し、どこかに消えてしまっていた。彼のフランス語の練習相手にファニーを、と思っていたが、この態度では難しそうだった。ヴェルヌイユはブラシを壁にかけながら尋ねた。「ところで、今日はどうしたんだ?」
「そうそう、実はね、今日はあなたにちょっとした提案があって来たの。今週末から隣村で配給が開始されることはあなたも知ってるでしょう。ポワティエ夫人からあなたに話すよう、お父様が数日前にお願いしていたから」
「ああ、聞いたよ。ちょうど食料がなくなりそうだったんだ、有り難い話だと思う。少し遠いけど、自転車に乗って行けばすぐの距離だし……」
 彼の返答を聞いたファニーは意味深げに頷いたかと思えば、窓の外にちらりと視線を向けた。彼女の瞳からはなんの感情も読み取ることができなかった。「でもあなたは一人分の僅かな食料しか貰うことができないはずよ。この家には成人男性が二人もいるというのに」
「そこはどうにかやり繰りするほかない」
「だからね、あたし、パパに頼んであげたの」と、ファニーは微笑んだ。「今日は村で収穫祭があるって知っていた?」
「へえ、それは知らなかった」
「そうなの、だからあなた、あたしと一緒に収穫祭へ行きましょう。もしも付き合ってくれたら、配給券をもう一枚手配してあげるわ。正直に言うと、もうこのポケットのなかに入っているんだけれど」
 ファニーの要求は子供らしい愛嬌に満ちたものだった。いわゆる交換条件というやつである。しかも、ヴェルヌイユにとってはありがたい条件だ。「悪いよ、そんな簡単な条件で譲ってもらうだなんて」
「そんなことないわ。だって配給が始まるとは言っても、この村の人たち、実際は誰も食料に困っていないもの。自給自足の土地だから。パリや都市部とは違ってね」
 どうしたものか、とヴェルヌイユが返答に困っていたところ、ブルーノが廊下からひょっこりと顔を覗かせた。「行ってこいよ、せっかくの誘いなんだ」
「あら、あなたフランス語が喋れたの? フランソワと同じ訛りがあるわね」
「最初はまったく喋れなかったんだ。おれが一から全部教えたんだよ」
 ヴェルヌイユは不安げにブルーノを見つめた。彼女に対して暴言でも吐きやしないかと内心ひやひやしていた。が、ブルーノはあくまでも冷静だった。青年はいくらかの皮肉を込めて言った。「彼女、あんたと二人で出掛けたいのさ」
「あなた、良い先生に恵まれたわね。フランソワ、学校の先生になれるんじゃない?」
「わかった、行くよ」
 ヴェルヌイユは根気負けし、ファニーからの誘いを承諾した。「何時に行けばいいんだ?」
「いまよ」ファニーは即答した。「支度して」
 ブルーノは胡散臭そうにファニーを見やった。彼女は心外だとばかりに声を荒げた。
「なに、祭りの準備があるのよ! 男手が必要なの。あなたも参加するんだから、手伝わなきゃ」
「でも、排水溝の修理がまだ……」
「それはおれがやっておくから」
「悪いな」
「気にするなって」



            
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