証明写真用のフィルムと下手糞な字体で書かれた一枚の便箋、甘いものを好む叔父のために飴や砂糖菓子もいくつか添えた小包を郵便局へ持ち込んでから、およそ一ヵ月が経過した。かろうじて併合こそ逃れた東部ロレーヌ地方でだったが、ドイツ及びイタリアの占領によって自由を奪われた愛すべき我らが祖国において、この片田舎から発送した小包が南仏マルセイユへと到着するまでにはそれなりの時間が掛るであろうことは容易に想像ができたし、そういった類の偽造には多少の手間暇がかかるものであるらしいとイザベルから聞き及んでいた。日和見主義者であり、諸々の手続きを誰よりも厳守すべき立場にあったヴェルヌイユに、思い返せば彼女は自分自身が行なっていた地下活動に関する話題に限ってはほとんど口にすることがなかった。彼女が心血をそそいでいた問題にもう少しばかり関心を抱き、可能な範囲内での手助けをしてやっていたならば、と彼は悔やんだが、時間を巻き戻すことはできない。後悔先に立たず、である。
「今日も荷物は届いていなかった?」
 外で洗濯物を干していたブルーノの問い掛けが、村から帰宅したヴェルヌイユを出迎えた。
「ああ、なにも預かっていないって言われたよ」
「残念だったな」
「いいさ、気長に待とう」
 ヴェルヌイユは叔父からの便りをただ静かに待つという冷静な姿勢を見せた。仮に検閲があったとしても、あの悪名高い秘密警察に疑いを持たれるような内容は一切書いていないので不安はなかった。
 ちょっとした気掛かりを挙げるとするならば、ブルーノが現在の生活に安心感とやすらぎを見出したかのような穏やかな表情を頻繁に覗かせるようになったことくらいだった。日によっては四六時中おなじ空気を吸っているのだから、二人の関係はおのずと親密さを増していってもおかしくはないはずだったが、彼はヴェルヌイユの生い立ちや学生時代、仕事や趣味といった個人的な事柄を逐一詮索してくるにも関わらず、自分の身の上にまで話題が及ぼうものなら、あからさまな不快感を顕わにしてくるのだった。ヴェルヌイユがこの二ヶ月間で知り得た情報はといえば、本名はブルーノ・シュヴァルツマン、年齢は二十三歳と九ヶ月、出身地はベルリン近郊、新聞配達の経験がある……ざっと以上の四点のみであった。明かしたくないのであればそれはそれで構わなかったが、本心を打ち明ければ、やはり興味はあった。ブルーノさえよければ生い立ち、家族のこと、恋人や友達のこと、ここへ至るまでの経緯、その他諸々をいつかすっかり話して聞かせて欲しいと願っていた。さすがに生い立ちなどはもう少し教えてくれても差し支えないのではなかろうかという苛立ちを覚えたことも幾度かあったが、数ヶ月後には二十四歳に達しようという男であれば、何かしら理由あっての振る舞いなのだろうとヴェルヌイユは自分に言い聞かせた。第一、たいていの事柄に関してはずけずけと遠慮なく踏み込んでくるブルーノとて、錯乱気味のヴェルヌイユが数回ほどその名を口にした女性、イザベルの詳細については、必要以上の追及をしてこなかった。仮に尋ねられたとしても、言語という厄介な壁による語弊は避けたかったし、愛する義姉の身の上話、そして彼女の身に降り掛かった残虐な末路を淡々と話して聞かせるなどできかねたであろうから、したがってそこはヴェルヌイユもブルーノもお互い様だった。余計な詮索をしない、これが二人の生活における暗黙の了解だった。



            
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