「ブルーノ、洗濯物を干し終えたらフランス語の勉強を始めよう」
「わかった」ブルーノはシーツの皺を手で伸ばしながら頷いた。「おれのフランス語、だいぶ上達しただろ? どうだ?」
「お前は優秀な生徒だよ、それは認めざるを得ない」ヴェルヌイユは笑った。「今日は久々によく晴れた。外で勉強しようか?」
「あんた、風邪気味だろ? 室内でいいよ。それに洗濯物を山のように干しちまったし、こう、景観が……」
 容赦なく照りつけていた燦々たる夏の日射しも徐々に影を潜め、急に早くなった日没時間はもちろん、近頃ではヴェルヌイユを取り巻く環境、例えば近所の村へ足を運んだ際に聞こえてくる、八月中旬に収穫を行った葡萄や季節の農作物に関する話題、にわかに哀愁を漂わせ始めている木々や草花の変化、人々が身にまとう外套の厚みからも、忍び寄る秋の足音を間近に――日中はまだまだ暑い日が続き、ファニーが持ってきてくれた扇風機が大いに活躍してはいたが――感じ取ることができた。そしてまた時に一週間以上、雨が降らなかったことさえあった夏期の水不足を補うかのように、九月に入ってからは降雨量も格段に増した。天気の良い日は芝生の上にノートを広げ、屋外での食事を楽しむというのが新たな生活習慣として定着するようになっていた矢先だったので不満に思う部分はあったが、自然の摂理ばかりはどうしようもないので、そこは割り切って考えるしかなかった。が、それでもヴェルヌイユにとっては十分過ぎるほどの安らぎに満ちた数週間だった。
「どうして学校で英語を学ばなかった?」
「英語を?」
 ヴェルヌイユが昨夜のうちに作っておいた比較変化と分詞構文の練習問題を解いていたブルーノは、意外そうに顔を上げた。
「いや、英語じゃなくても……とにかく、お前の物覚えの早さにはつくづく驚かされるばかりだ。発音もいいし、日常会話における簡単な文法はほぼ完璧に近い。お前みたいなやつを語学向きって言うんだろうと思う。学生時代、特に得意だった科目は? ああ、科目というのは学問のことだ、フランス語、ドイツ語、数学、哲学、歴史……」
「全部だな」ブルーノはあっけらかんと答えた。「というより、不得意な科目がなかった。嫌いな科目はあったけどね。特に得意だったものを挙げるなら、スポーツが秀でていたと思う。テニスとボクシング……ヒトラーユーゲントに入ってからは、フットボールもやるようになった。そこで初めて、大勢でやるスポーツの楽しさを知ったんだ」
「さぞかし成績が良かったんだろうな」ヴェルヌイユは苦虫をかみつぶしたような顔で言った。「スポーツはともかくとして、すべて得意だなんて言い切れるやつを見たのは初めてだ。おれなんて、どの教科もクラスで最下位に近かった。劣等生ってやつさ」
「劣等生って?」
「物覚えの悪い生徒ってことだ」



            
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