ぎこちない身振り手振りと表情豊かな台詞回しから自分の意思を伝えんとするブルーノとのやり取りは日に日にしっかりとした”会話”になりつつあった。ちょっとした部分で食い違いが生じるなど、細かなニュアンスこそ伝達が難しかったものの、言葉の意味を汲み取れなかった際、ブルーノは相手の発言の意図を把握するべくちくいち図解での説明を、それはもう執拗なまでに求めてくるのだった。何事も適当に済ませてしまうヴェルヌイユとしてはその過敏すぎる態度が鼻につくことも多かったが、無下にあしらおうものなら途端に物悲しそうな表情で俯いてしまう彼を放っておくなどできようもなく、結局はブルーノが納得するまで、フランス語と英語の混在した講義に最低でも三十分以上は費やすはめになるのだった。深い悲しみや心細さを感じさせようものならブルーノはある日、何の置き手紙もなしに忽然と姿を消してしまうのではなかろうか。そんな思惑を巡らせていた当初から一転、現在のヴェルヌイユが胸に抱く不安はもっと別の場所にあった。命を落としても不思議ではないほどの怪我を負っていたブルーノの看病にあたっていた最中、ヴェルヌイユが目にした光景は異常なものだった。日夜悪夢に襲われては精神と睡眠を脅かされ、自分自身の悲鳴と共に朝を迎えては再び毛布に包まり、虚ろな瞳でただひたすらに壁を見つめ、わずかな物音に対しても激しく動揺し、傷だらけの体を小刻に震わせ、額からは冷や汗など、尋常ではない怯えを見せると同時に攻撃的な態度、血色の悪い唇からは恐らく独語の汚い罵りが発せられ、狂犬にも劣らぬ血走った目付きで自分を威嚇してくる様をいまだ鮮明に覚えていた。かつてブルーノを支配していた恐怖も、時間の経過と共に薄まっているようではあったが、何らかの予期せぬ事態をきっかけにそれらがまた彼を襲うとも限らない。目の前で微笑を漏らすブルーノがふたたび悪夢にうなされる姿はもう二度と見たくなかった。
 どうにかこうにか手紙をしたため終えたヴェルヌイユは、次に写真撮影に取りかかった。自分の身分証はあたりまえだが所有しているので、これはブルーノの身分証用の写真となる。ナチスの制服を着た男たちとどこで出くわすかわからない昨今、身分証の携帯なしでの外出は危険極まりない。しかしその逆、身分証さえあればブルーノを連れてロブリーユ・ラ・フォレ村に行くこともできるようになるだろう。食料の買い出しもいまよりずっと楽になる。
「駄目だ、ブルーノ、もっと真面目な顔をして」
 眉間に皺を寄せて見せると、ブルーノは渋々といった風に溜め息をつき、目の前にいる男の険しい表情を真似た。「……これでいいか?」
 ヴェルヌイユはカメラのシャッターを切った。
「“いい加減にしろよ! こんな真面目くさった写真があってたまるか”」我慢し切れなくなったブルーノは正面に迫っていたカメラを強引に取り上げ、それを得意げに構えてみせた。「“今度はおれの番だ”」
「だから、くれぐれも丁寧に扱ってくれ! さっきのやつは身分証用の写真になるんだ」
「はいはい、わかってるって。フィルムはこれ一本しかないのか? 残りは何枚だ?」
「あと一本ある。残りの枚数は……」



            
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