にも関わらず翌朝、寝室の扉を開けたヴェルヌイユの足元にはまったく手付かずの皿が二枚置かれていた。
「……食べなかったのか」
 食欲がないのか、単に警戒されているだけなのか。ヴェルヌイユは昨夜と同じく、扉に背を向ける体勢で頭から布団を被っている青年に目をやった。昨夜の時点ではカーテンを締め切っていたはずだが、それが全開になり、なおかつ窓も清々しく開け放たれているところを見ると、自力で寝台から起き上がったのだろう。わずか一日しか経っていないというのに、随分と体力が回復してきたと見える。ヴェルヌイユが彼と同様の傷を負ったなら、まともに起き上がるだけの体力を回復するまでに最低でも一週間はかかることだろう。 「おい、起きてるんだろ」
 ヴェルヌイユは毛布をぽんぽんと叩いた。小さな呻き声が聞こえてきたものの、それ以外の反応は特になかった。「無視か。まあいいさ」
 その後、この物好きな家主は無反応を決め込む青年をよそに缶詰の野菜スープとバゲット、酸味の強い赤ワインを寝室に持ち込み、腹を空かせているであろう若者の欲求をおちょくってやるべくわざとらしい音を立ててスープをすすったり、ときどき満足げな溜息をついてみたりもしたが、それでも青年が布団から顔を出そうとする気配はなかった。誰の目から見ても十分な変わり者である自分自身のことは棚に上げ、変わった男だ、とヴェルヌイユは思うのだった。
 そのドイツ人との出会いに奇妙な縁を感じ始めていたヴェルヌイユが彼の碧色の瞳をようやく確認することができたのは、例の遭遇から四日後のことだった。