とある稽古の休憩中のこと。
「なに書いてるんですか?」
 そう言って覗き込むと、なにやら白い原稿用紙がさっと隠された。
「あ、会報の作文ですか?」
「まあね」
 そういえば綜馬さんも以前よく稽古場で書いていたな、と思い出す。綜馬さん曰く、つい忘れてしまいがちな仕事の一つで、いつも締め切りの前日あたりに慌てて書き始めるのだそうだ。
「どんなことを書くんですか?」
「それは教えられないな」
 単なる好奇心からの問い掛けだったが、彼はえらく神妙な顔つきで答えた。
「いいじゃないですか、少しくらい」
「ダメ」
「減るもんじゃないでしょう。どんな内容か、それくらい教えてくれたって――」
「ダメったらダメ」
 ダメと言われると余計気になってくるのが、人間というものだ。
「役作りの話とか?」
「違う」
「舞台の裏話?」
「残念」
「好きな本の話?」
「そういえば最近、本読んでないなぁ」
「……まさか私生活のことじゃないですよね?」
「おれがそんなこと書くと思う?」
「ですよねえ」
 祐さんが一体どんな文章を書くのか、そもそも俺には想像がつかないのだが。
「あ、もしかしておれのこと……」
 言いかけると、彼はあからさまに眉を痙攣させた。
 そうだ、ここは稽古場じゃないか。
 おれは仲良さそうに談笑する周囲の共演者たちを注意深く見回したのち、小声で話しを続けた。
「祐さんは謎が多すぎて……きっと他の人たちもそう思ってますよ。普通に会話をしてるときだって、祐さんはおれの個人情報を根掘り歯掘り聞くばっかりで、自分のことはちっとも話してくれないですし……」
「そんなことは……ないと思うけど……」
 困ったような表情を浮かべる祐さんは、どことなく寂しげだった。
 彼の秘密主義はいまに始まったことではないというのに、いささか卑屈になりすぎたかもしれない。「すいません、おれ……」
「……だって恥ずかしいじゃん、こんなの知り合いに読ませるもんじゃないし」
「……え?」
 おれがキョトンとしていると、祐さんは例の含み笑い。
「どうしても読みたいって言うなら、読ませてあげてもいいけど……ただこの原稿は今夜うちで仕上げるから、最後まで書き終わってからね。ちなみに明日の稽古前にこの原稿は事務所に置いてきちゃうから、ほんとに読みたいのなら今夜うちに来てくれなきゃダメなんだけど、どうする?」
「ああ、すみません、今日はこのあと雑誌の取材があって」
「……どうする? 読む、読まない?」
「……えっ」
「べっしーが読みたいって言い出したんだよね?」
 ……そうだっけ?
「じゃあ、その……喜んで伺わせていただきます」
「そっか。じゃあ帰りにビール買っておくから」


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