「勿体ないって言われません?」
 その歌声も演技も、表情、仕草もすべて、公の記録としては残らない。おれは自分の隣でうとうとしている人物の横顔を見つめながら思った。もう少しくらい、こう……どうにかならないものだろうか。
 テレビや映画に出て欲しいとまでは言わないが、最近はCDをリリースする舞台俳優も少なくない。
「……べっしーは、勿体ないって思うの?」
「まあ、どちらかと言えば」
「なんで?」
 いつもこの切り返しだ。”なんで?”だとか、”どうして?”だとか、たまにはこちらの真意を探ってみる努力をしてみてはくれないものだろうか。
「CDを出せば、きっと……すごく売れるだろうなと思って」
「お金には困ってないけど」
 いや、そういうことじゃない。
 わざと言っているのだろうか、あるいは本当にわかっていないのだろうか。
「需要があるってことを言いたいんですよ、ぼくは」
「需要ねえ」
「劇場の警備員さんたちが話しているのを駒田さんが聞いたらしいんですけど、祐一郎さんが出演する公演は特別だって。集客率が高いってことは、需要があるってことじゃないですか」
「それはそうかもしれないけど……」
 彼はわずかに不機嫌そうな顔で、こちらに頭を向けた。「もしもオレがCDを出したとして、オレのファンがCDを買ったとするよ?」
「はあ」
「で、彼女たちの中にはさ、こうして……今みたいにさ、寝てる時にそれを聴きながら、オレが隣に寝てるっていう想像しながら眠りにつく人もいると思わない? 想像してみてよ」
「それは……」
「どう思う?」
「まぁ……多少は複雑な気持ちにならなくもないですけど、誰かを癒せるっていうのは素晴らしいことじゃ――」
「待って」
「えっ?」
「いま言った、複雑な気持ちって? どんな気持ち?」
「どんな気持ちって、そりゃ……」
「ヤキモチ?」
 途端に目を輝かせた。
 もちろんここで意地の悪い言葉を返すこともできただろうが、祐さんの楽しそうな瞳を前にしてなお頷かずにいられる人間はそう多くないはずだ。
「……やきもちを妬かないと言ったら、嘘になるかもしれないですね」
「そう、やっぱりそうなんだ」
 毎度のことながら、この人は質問をかわすのが上手い。
 俺も少しは見習わなければと思った。


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