村に到着したヴェルヌイユは他の若者らとともに広場でテントを張ったり、机や椅子を並べたりするという、主に力仕事の手伝いを求められた。男手が少ないのか、彼と同年代の若者はごくわずか、数えられるほどしか見当たらなかった。ファニーは村の青年、オディルとブリュノを彼に紹介した。この口数の少ない二人組はおそらく自らの領域に他者が踏み込んでくることを好まぬ性質の持ち主らしく、実に素っ気ない態度で軽く挨拶しただけで終わった。というのもテントを張るという共同作業の最中でさえ、二人はヴェルヌイユに何の指示も与えてこないばかりか、あえて強いドイツ語訛りで楽しげに談笑しては、彼に疎外感を植え付けんとしているかのようだった。
「悪いな、大先生にまで手伝わせちまって」
「なんだって?」ヴェルヌイユはその不躾な言葉が聞こえてきた方向を振り返った。「大先生?」
 不躾というよりはあまりに自然すぎて、彼はいまの言葉が本当に自分へ向けられたものであったのかどうか確認したかった。振り向いた先には大量の薪を胸に抱えた二十歳前後と思われる体格の良い若者が朗らかな笑みを湛え、こちらの様子を窺っていた。
「そう、あんたのことだよ」とヴェルヌイユと視線をかち合わせた若者は言った。「この村の人間はあんたのことをそう呼んでる」
「彼の名前はフランソワっていうのよ、トマ! 大先生なんて呼ばないで。失礼にもほどがあるわ」
 トマと呼ばれた若者の背後からひょっこりと広場へ戻ってきたファニーはすかさず抗議した。
「でも最初に言い出したのはお前じゃなかったか? それをきみの父親が真似して、どんどん拡がっていったんだ」
「冗談はよしてよ。どうせ言いだしっぺはアンリでしょう、あいつときたら人の悪口しか言わないんだもの。あたしだって影でどんな呼び名をつけられていることやら」と、ファニーは鼻で笑った。「悪く思わないで、フランソワ、狭い村だからすぐに噂が広がってしまうのよ」
「いいさ、大先生なんてありがたい呼び名をつけられたのは初めてだ。おれにできることは遺言状の作成くらいだから、むしろみんなを幻滅させてしまわないか不安ではあるけど」
「弁護士だったっけ?」
「いいえ、公証人よ。彼がその場に立ち会って適切な形式で書き留めさえすれば、どんな書類でも公的な文書になるらしいわ。そうだったわよね、フランソワ? お父様が言っていたけれど、とても高い報酬を得られる仕事なんですって」
「よく知ってるじゃないか。その調子なら明日からでもすぐに働けるよ」
「ありがとう、嬉しいわ」
 ファニーは輝くような笑顔で答えた。もっとも弁護士だろうが公証人だろうが、独立しないことにはそうそう高い報酬など得られるものではないのだが、夢を壊してしまっては悪いのでヴェルヌイユは黙っておくことにした。



            
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