「仕方がないさ、人は変わるものだよ」
「だけど、それよりも……」エミールは目にうっすらと涙を滲ませ、いびつな笑みを浮かべるのだった。「何に対していちばんうんざりしているかって、自分自身に対してなんだ。おれはエドガーにずっと昔のままの彼でいて欲しいだなんて身勝手な願いを抱いていた。自分の理想を一方的に押し付けていたことに、最近になってようやく気がついたんだ。おれの悪巧みに付き合わされて一緒に校長室で叱られていた、要領が悪くてどこか抜けているところのある、間抜けなエドガーが好きだったんだ。イザベルや我が子を養うためにせっせと働くエドガーなんて、とてもじゃないが受け入れられる気がしない。昔はおれのほうがあいつよりもずっと背が高かったし……同級生ではあったけど、あいつのことは弟のように可愛がっていた。おれには姉と妹しかいないし、彼にも年下の兄弟しかいなかったから、たぶんお互いにしっくりきたんだろうね」
「エドガーの価値観が結婚によって変わってしまったら、きみはもう二人との付き合いを断つのか?」ヴェルヌイユは尋ねた。「違うだろ? きみの話を聞いて分かったことは、きみはエドガーにぞっこんなんだ。よくある男同士の友情なんて薄っぺらいものじゃない。これはあくまでもおれの予想だけれど、きみはエドガーの表面的な部分だけを好いているわけじゃない。彼の人格がいまとはまるで違ったものになってしまったとしても、きみはいまと何ら変わらず彼の魂を愛し続けるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……彼らの結婚を心から祝福できないおれに、彼らの親友を名乗る資格があるとは思えない」
「祝福したいけど、祝福できないってこと?」
「そういうことになる」
「でも、二人には幸せになって欲しいんだろ?」
「そうなんだ、自分でも矛盾しているとは思うよ」
「エミール、世の中は矛盾だらけさ。娘の幸せを願いながらもその恋人を追い返す父親、自由と平等を謳いながらも女性の権利は認めなかった人権宣言、労働者の権利を主張しながらもマルクス主義を鼻で笑う人々……」
「最後のやつはちょっと違うんじゃないか?」
「そう? まあいい、つまりきみはちっとも変じゃないってことが言いたいんだ」ヴェルヌイユは生牡蠣を頬張りながら、自分なりの助言をしてみることにした。「自分にうそをついてまで、無理に祝福する必要なんてない」
「結婚式の挨拶を頼まれたんだぜ、おれはきみたちを祝福していません、なんて言えるか? 言えるわけがない」
「二人の幸せを願っている、と言えばいい」
 途端にエミールは押し黙ってしまった。ヴェルヌイユは不安になった。彼を怒らせるようなことを言ってしまっただろうか?
 しかし数十秒後、エミールは憑き物が落ちたかのようなさっぱりとした表情で頷いた。「ああ、そうだ、その通りだ」
 ヴェルヌイユは胸をなでおろした。
「この二、三日ずっともやもやしていたんだ。おかげですっきり……いや、すっきりとまではいかないか。ただ、ずっと楽になったことはたしかだ。ありがとう、フランソワ」
「どういたしまして。悩みごとがあればまたいつでもどうぞ」
「そうそう、実は……」エミールはいささか照れくさそうに笑った「子供が産まれたら、第一子の名付け親になって欲しいと二人に頼まれたんだ」
「……嬉しい?」
「まあね」
 なにか大切なことを忘れているような気がしたが、すぐに忘れるような内容であればさして重要ではあるまい、と彼はひとまず運ばれてきたばかりのシチューを取り分けることにした。
 イザベルの本心など知る由もないヴェルヌイユは新たな職場で悪戦苦闘するエドガーに代わり、披露宴や二次会に向けての様々な手配を一手に引き受け、しまいには当日の司会をも自ら買って出た。仮に親切心から申し出たにしても、彼は無神経極まりない暴挙をやってのけては一人満ち足りた気分に浸っていたのだから、人間の善意とは筆舌に尽し難い自己満足である。
 結婚式の当日、ヴェルヌイユは同じくイザベルの生徒の一人であった小学生のパトリス、その弟オーギュストと三人でマルティーニの《愛のよろこび》を披露した。新郎新婦、式の出席者らから拍手と賛辞を受け、ヴェルヌイユと子供たちはすっかり舞い上がった。
「イザベル、おれたちの演奏はどうだった?」
「すばらしかったわ! ありがとう、三人とも。出来の良い生徒を持って、わたしは幸せ者ね」
 エミールはといえば自分に託された友人代表の挨拶の任を見事にやり遂げ、そしてエドガーからの熱い抱擁を受けた。ヴェルヌイユとエミールは互いに目配せし合った。