初めのうちはイザベルとヴェルヌイユの二人、しばらくすると兄のエドガーが帰宅する時間になるので最終的には三人か、あるいは彼が同僚を引き連れて帰ってくるような際にはそのまま賑やかな晩餐へと発展することも度々あった。数年間に渡る研修医を卒業し、ようやく新米医師として一人で患者を担当していけるようになったエドガーは、幼い頃から憧れていた父と同様の職業につくという第一の目標を成し遂げたばかりだったこともあり、食卓における彼の話題はもっぱら職場の話題に限られた。とはいっても現場での人間関係や愚痴、学会で立ち寄った都市の話など、素人が立ち入ることのできぬ専門的な話題を得意気に語って聞かせてくるわけではなく、現場で気付いた些細な事柄の一つ一つを冗談交じりに聞かせるエドガーは、やはりヴェルヌイユと同じ血が流れているだけのことはあり、むしろ彼以上に人々から愛される長所を多く有していると言えた。穏やかで包容力のある語り口のなかにもどこか独特の辛辣さが見え隠れしているヴェルヌイユに対し、エドガーは誰に対しても無防備な正直者で、嘘やお世辞も弟に比べてずっと下手くそだった。
「おかえりなさい、兄さん、邪魔してるよ」
「なんだ、また来ていたのか。試験勉強は進んでいるんだろうな。いまが一番大事な時期じゃないのか?」
「二年も留年した兄さんに心配されるほど切羽詰まっちゃいないさ」
「そりゃ何よりだ。仕事で疲れて帰ってきて、真っ先に出迎えてくれるのがお前の皮肉かと思うと本当に嬉しくなるよ。イザベルはどこへ行った?」
「お前の車の音が聞こえてきてすぐに地下へ行った、ワインを取ってくるって」
 軟派そうな外見に似合わず頑固な性質を備えていた両者なので、十代のうちは六人いる兄弟の中でもとりわけ対立することが多かったものだが、ある時期を境に口論や取っ組み合いはぴたりとなくなった。八歳という年齢差も理由のひとつではあっただろうが、そのきっかけがなにであったか、いまやヴェルヌイユには思い出すことができなかった。しいて覚えていることを挙げるならば、ある日を境にエドガーが自分に対して急に優しくなったという事実だけである。