所用を済ませ帰宅したイザベルは、居間で試験勉強と対峙しながらも子守りと留守番をしっかり務めてくれている義弟のために毎度手の込んだ夜食を振る舞ってくれた。裕福なユダヤ人の屋敷で住み込みの女中をしながら大学へ通っていたという彼女の手料理は、美食家を自称する彼の父、テオドールの舌をもうならせたことがあるほどだったので、ヴェルヌイユはこのささやかな晩餐をなによりの楽しみとしていた。ヴェルヌイユ家の厨房を任されている年配の料理人や、ホテルで働く弟のニコラによる彩り豊かな料理がずらっと並んだ豪勢な食卓も悪くなかったが、この数少ない調味料で味付けされたイザベルの素朴な家庭料理は彼の体を芯までほっこりと温めてくれるのだった。
「前々から思っていたんだけど、家庭料理の本を出版できないかな」ヴェルヌイユは先ほど開けたばかりの赤ワインを満足げに味わいながら語り出した。「ベストセラーに入るような本を書いて、それで今後はずっと印税で贅沢に暮らしていくんだ。いつまでも子供のお守りで小遣い稼ぎを続けるなんて嫌だろ?」
「誤解しないで、わたしは純粋に子供たちを愛しているの、あなたと違ってね。それに印税で贅沢に暮らすと言ったって、家庭を守るべき立場にある既婚女性の大半はすでにそういう生活を送っているじゃない。夫の稼ぎで贅沢に着飾って、娯楽を愉しんで、外食をする。印税に憧れているのって、もっぱら結婚によって自由を奪われた男たちがほとんどだと思うわ」
「いいや、そうは思わないね。印税で生活していけるってことは一種のステータスに近い、つまり社会的な身分なんだ。貴族だろうが労働者だろうが、それを得る機会は誰にだって平等に与えられている。とはいえ、お金を払いさえすれば手に入るものじゃない。だからこそ欲しがるのさ、たいていの男はみんなね」
「そりゃそうかもしれないけれど、随分と飛躍したわね。何の面白みもない家庭料理の本の著者が、その社会的な身分とやらを手に入れることができると本当に思うの? 家庭料理の本がベストセラーに? 印税だけで一生贅沢に暮らしていけると? 家庭料理の本で? 本気で言っているの?」
「……我ながら飛躍しすぎたとは思うよ」
「でしょうとも。あなたは何事も膨張して話すきらいがあるから気をつけないとだめよ、それを好ましく思わない人って意外と多いんだから」
「でもきみの料理が最高なのは事実だ」
「あらあら、それは光栄ね。ありがとう」