「イザベル、そうやって石をぶつけるのはやめろって何度も言ってるだろ。今日も子守りを頼みに来たのか?」
 コツン、という音に気づいたヴェルヌイユは部屋の窓を開けた。イザベルは自分の来訪をヴェルヌイユに知らせるため、道すがら拾った小石を彼のアパルトマンの窓ガラスめがけてぶつけてくるのが常だった。
「そうなの。子供たちのこと、お願いできる?」
「いいよ、すぐに行く」
 兄のエドガーと結婚し、主婦という立場になった以降も、彼女はあいかわらず音楽教室の仕事を続けていた。十代の頃は小学校の教員を目指していたという面倒見の良いイザベルは黙っていても子供たち、そしてその保護者から信頼されるといった不思議な資質を備えていた。質素なアパルトマンの一室から急に大邸宅の客間を使用してのレッスンとなったイザベルの音楽教室には、彼女に我が子を預けたがる夫人たちが以前にも増して多く集まっており、一見すると控え目で感じの良い彼女に全幅の信頼を置く保護者らは時に子守りの仕事までをイザベルに依頼することがあった。しかし彼女とて決められた時間にきっちり開始されるレッスンを取りやめるわけにはいかなかったし、友人との外食、慈善活動、家事などの予定をすでに入れてしまっていた日などは、比較的ゆとりある生活を送っているかのように見られがちなヴェルヌイユが急遽手伝いとして、こればかりは得意とは言い難い子守りの仕事を任されることが週に一、二度あった。法律という特殊な分野の学業に日々励んでいた若きヴェルヌイユは大学へ通いながらもイザベルから週に二度ほどヴァイオリンとピアノを教わっていたが、あまり多くの副業――当時、彼はレストランの皿洗いをして生活費を稼いでいた――を入れては学校の授業についていけないこともあり、月謝の支払いが怠りがちになっていた。なので、すぐ近所に住んでいるイザベルから頼まれる子守りや使い走りによって月謝を大幅に免除してもらっていたのだった。