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全131枚 (Summer, 2008 & 2007) NEW
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セーヌ河、大通り、こじんまりとした裏路地、エッフェル塔、地下鉄、ノートルダム寺院、市庁舎、チュイルリー公園、珍妙な彫刻、空模様などの写真。パリ市庁舎にはリベルテ、エガリテ、フラテルニテの文字が刻まれてます。
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全47枚 (Summer,2008) NEW
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パリ・オペラ座自体は災害や移転によって何度も建て直されており、このガルニエ宮は13代目のもの。言わずもがな、ガストン・ルルー著『オペラ座の怪人』の舞台。
桟敷席が二ヶ所ほど開放されていたのですが、あまりに混雑していて天井画を一枚撮るのが精一杯でした…。地下には古い椅子や楽譜、二階の奥には舞台の模型などが展示されてます。
シャガールによる天井画、フォションが発売するオペラ座のハチミツなどが有名。第二次大戦中にドイツ軍がパリ入城を果たしたのち、アドルフ・ヒトラーがまず初めに訪れた観光地としても知られている。
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全90枚 (Summer, 2008 & 2007) NEW
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国立フランス歴史博物館(スービーズ館)、ヴィクトール・ユゴー記念館、ルーヴル美術館、カルナヴァレ パリ歴史博物館、コニャック・ジェイ美術館の写真。スービーズ館はマレ地区の一角に位置する、ロアン家のスービーズ公爵がかつて住んでいたお屋敷。首飾り事件で逮捕された、悪名高いロアン枢機卿と同じ一族です。見どころは楕円形サロン、王妃の寝室、大階段の三つくらいでしょうか。サン・バルテルミーの虐殺はここで計画されたとか。ユゴー記念館の内装は全体的にエキセントリック。
カルナヴァレ パリ歴史博物館は別名プルティエ館。十八世紀にはセヴィニエ侯爵夫人が滞在したこともあり、現在はパリの歴史を伝える美術品や資料などが展示されている。ドノン館ことコニャック・ジェイ美術館は十八世紀の美術品やブーシェの絵画、ロココ調の家具など。
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全43枚 (Summer,2008) NEW
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廃兵院、ドーム教会、軍事博物館などの写真。
1789年7月14日、パリの民衆は廃兵院(アンヴァリッド)の地下にある武器庫を襲い、武装したのちバスティーユを襲撃。でもナポレオンの廟が置かれていることのほうが一般的には有名かもしれない…。ドーム教会、ルイ聖堂(Saint-Louis-des-Invalides)、その他博物館などが密集している。軍事博物館の展示物は、中世からWW2あたりに至るまでのフランスの鎧や武器、軍服、果てはアジア、戦国時代の日本まで幅広い。ルイ聖堂の写真は《パリ市内の教会》のページに紛れてます(コレとか)
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全23枚 (Summer, 2007)
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フランソワ・プロコープが1689年、デ・フォセ・サンジェルマン通りに創業したパリで最古のカフェ。十八世紀の常連としては著名な思想家たちや、ボーマルシェ、革命期にはデムーラン、ダントン、エベール、マラー、ロベスピエールなどもここに通った。一階の壁には多くの肖像画が飾ってあり、二階にも革命当時の絵が多く飾られている。ドゥ・マゴは19世紀に芸術家が多く通ったことで有名。
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全80枚 (Summer, 2008 & 2007) NEW
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ホテル、カフェ、ビストロ、インテリアショップ、クリニャンクールの蚤の市、道ばたのお店、バレエ用品専門店など。
2008年はサクレクール寺院まで徒歩10分程度の場所にある《Prelude Gare Du Nord》、2007年はイタリア広場付近にある《La Manufacture》に宿泊しました。黄色い壁紙が印象的な《Le Comptoir du Relais》はどの料理も最高においしく、二回足を運びました。犬と猫が写っているお店は《Bistrot Saint-Honore》という、日本のガイドブックにはよく名前が出ているビストロ。
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全123枚 (Summer,2008) NEW
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「お金がなければ教会を回ればいいじゃない!」ということでパリ市内の教会を見て回ったときの写真。ノートルダム大聖堂、マドレーヌ寺院、サン=シュルピス教会といった有名どころに、長い歴史あるサンピエール・ド・モンマルトル教会、サン・サーンスが演奏していたことで知られるパイプオルガンが有名なサン・メリ教会、サン=ルイ・ダンタン教会など地区の小さな教会まで幅広く。15ヶ所くらい回ったと思うんですが、礼拝中だったり工事中だったりという教会も多く、ずかずかと入って写真を撮れる雰囲気じゃないところも多く…。ヴェルサイユ市内の教会の写真も混じってます。
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全71枚 (Summer,2008) NEW
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シャブリのサン・ピエール教会(église Saint-Pierre)と、ヴェズレーのサント・マドレーヌ大聖堂(Basilique Ste-Madeleine de Vézelay)。どちらも歴史の重みを感じさせる、素晴らしい教会でした。思わず石をぺたぺた撫でたり、壁に耳を当てたりしてしまった。後者は世界遺産にも登録されており、地下の納骨堂にはマグダラのマリアの聖遺物と教会側が主張している骨が置かれていますが、真相は神のみぞ知る。
略奪、破壊、落雷、戦争……波乱万丈という言葉がぴったりのロマネスク教会でした。
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全66枚 (Summer, 2008) NEW |
白ワインで有名なシャブリのワインカーヴと、ヴェズレーの町並み。シティラマのこのツアーに参加したのですが、シャブリはワインの試飲とランチだけだったので、散策する時間はほとんどなかった。
ヴェズレーは人口500人程度の小さな村で、丘の上にあるサント=マドレーヌ大聖堂は世界遺産にも登録されています。こじんまりとした村だけど、観光地のせいか、地元の方はみんなとても感じが良かった。複雑な土地柄のせいだろうか? 雑貨、骨董品、アクセサリーなどのかわいいお店がたくさんあったので、「もっとお金を持っていけばよかった!」と後悔。最後の5枚はバルビゾンの写真で2007年撮影。
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全104枚 (Summer,2007) |
森と茂みの国、という意味の名を持つヴェルサイユ。パリからは電車で約三十五分、馬車の場合はおそらく約二時間。ヴェルサイユ宮殿は元々ルイ十三世の狩猟小屋として建設させた小さな城館に過ぎなかったが、続いて王座についたルイ十四世が敷地を拡大、改修作業を進め、一六八二年にはパリのサン・ジェルマン宮殿からヴェルサイユへと宮廷が移された。設計はマンサールとル・ブランら、庭園はアンドレ・ル・ノートルが行った。十八世紀半ばにはルイ十五世の愛妾ポンパドゥール夫人が芸術家や思想家たちと積極的な親交を結び、華やかなロココ文化が発達。その後は七十年五月、マリー・アントワネットが隣国オーストリアから嫁いでくる。
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全59枚 (Summer, 2008 & 2007) NEW
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”彼女は前から、少女時代に過ごしたような田園の別荘が欲しかった。王妃にプチトリアノンを与えるよう王に助言したのは、ヴェルサイユの長官で王妃付女官長の夫だったノアイユ伯爵である。メルシー伯爵も賛成し、王にねだってみたらどうかと王妃に話した。ルイ十六世は「この別荘はあなたのものです」という寛大な言葉とともに二つ返事で許した。別の話では、さらにこんなやさしい言葉も添えられたという。「この美しい場所は、つねに王の最愛の人の住まいでした」。一七七五年八月二十七日に正式な命令が下された。” アントニア・フレイザー著、野中邦子訳『マリー・アントワネット』より抜粋
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全42枚 (Summer, 2008 & 2007) NEW
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アンドレ・ル・ノートルが設計した、ヴェルサイユのフランス式庭園。彼はこの他にもヴォー・ル・ヴィコント城やチュイルリー公園、フォンテーヌブロー城、ソー公園などの庭園も設計しています。ル・ノートルが設計した庭園以外にも、屋外舞踏場や円形列柱廊、庭中に点在する数多くの彫刻と見所は多いですが、すべてを見るには相当体力が必要。そして工事のため閉鎖されている場所も多い。
王妃の村里は十八世紀末、人民主権を唱えたルソーの思想は一般市民だけでなく貴族階級にまでも浸透していたので、マリー・アントワネットも当時流行っていた田舎風やらイギリス式やらを取り入れ、プチ・トリアノンから少し離れた場所にこの人工集落を造らせました。
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全60枚 (Summer 2008) NEW |
ニコラ・フーケ(1615-1680)によって建てられたバロック様式のお城。フーケは豪華絢爛なこの城を建てたことによって、ルイ十四世の不興を買った。ヴォー・ル・ヴィコント城の建築に関わった建築家のルイ・ル・ヴォー、画家のシャルル・ルブラン、造園家のアンドレ・ル・ノートルらはのちにヴェルサイユ宮殿の建設に従事することになる。
信憑性こそ低いものの、フーケは映画『仮面の男』で有名な鉄仮面という説があり、城内のいっかくには不気味(というか不審)な人形が置いてあった。フーケに仕えていた人物として、ドパルデュー主演の映画『宮廷料理人ヴァテール』に出てくるフランソワ・ヴァテールが挙げられる。あとは誰が作ったのやら、《公式サイト》にてPVが見れます。
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全47枚 (Summer,2007) |
パレ=ロワイヤル! 間違いなく、パリで一番好きな場所。
1785年、父であるオルレアン公ルイ・フィリップ1世からこの広い屋敷と庭園を譲り受けたルイ・フィリップ2世は敷地に少しばかり手を加えたのち、商人たちに店舗として場所を貸し出し始める。私有地なので警官や軍人が立ち入ることはできず、パレ=ロワイヤルはあっという間にパリ一番の繁華街に。ここを抜きにしてフランス革命を語るべからず、といった感じです。革命前夜のパリにおいて最も享楽的だった場所。
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全33枚 (Summer,2007)
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リュクサンブール公園は『レ・ミゼラブル』の作中で、マリウスがコゼットと恋に落ちるキッカケとなった場所です。モンソー公園は十八世紀、のちのフィリップ・エガリテことシャルトル公爵ルイ・フィリップが造らせた公園で、庭園の設計は風景画家カルモンテルが担当。池を囲むように並ぶコリント式柱やピラミッドが当時の面影を残しています。ルドゥー設計による徴税請負人の市門も見所の一つだとガイドブックには書いてありましたが、正直よくわかりませんでした。ちなみに当時税の徴収を行っていた市門は、一つ残らずこのルドゥーが設計したものだそうです。
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全43枚 (Summer,2007)
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シテ島にある歴史的建造物。
コンシェルジュリーには王妃マリー・アントワネットが処刑台に送られる日まで過ごした独房が再現されています。世界遺産にも登録されているサント・シャペルは言葉通り、「聖なる礼拝堂」。
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全56枚 (Summer,2007)
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以下、Wikipediaの《フォンテーヌブロー宮殿》ページより抜粋 『長い革命騒ぎの間にすべての王宮は売却のため空っぽになったが、これは国家の資金集めの他、ブルボン朝が再び力を得られないようにする目的もあった。10年も経ないうちに皇帝ナポレオン・ボナパルトは、ブルボン朝におけるヴェルサイユ宮殿同様、フォンテーヌブロー宮殿を自分の権威の象徴にしようとしている。しかしナポレオンは1814年、親衛隊に別れを告げて亡命生活に入ることになった。玉石の敷かれた入り口を広げて四輪馬車が通れるようにするなど、ナポレオンは宮殿を大幅に改築した。現在の観光客が目にする宮殿は、この当時の姿が中心である』
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全65枚 (Summer,2007)
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初めてパリへ行ったときに撮ったもの。当時は現在ほどバシャバシャと写真を撮る癖はなかったので、あくまで記念写真的な雰囲気が漂っています。旅行内容としてはフォンテーヌブロー、ロワールの古城、ヴェルサイユ宮殿をオプショナルツアーで回って、あとはルーヴル美術館へ行ったり、ムーラン・ルージュのショーを観に行った程度です。
小さいサイズの写真は【コチラ】
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